エンデュランス競技

エンデュランス競技の発展は著しく、現在では国際馬術連盟(FEI)規則のもとで運営されるヨーロッパ選手権および世界選手権において、FEIの競技種目のひとつにまでなっている。エンデュランス競技は、20世紀初頭に騎兵をテストする目的で開催された軍事騎乗に端を発しているが、その発展は、1919年に実施された米国での騎兵テストに負うところが大きい。

市民による競技

 ドイツと旧オーストリア・ハンガリー帝国で行われていた軍事騎乗では、その壮烈さから馬が犠牲になることもあった。それとは対照的に、米国での競技は、アラブとサラブレッドの新馬の能力評価のために行われたので、注意深い監視が徹底され、優れた馬管理技術もモデルともなった。
 初めての市民による競技会は、1936年に開催されたバーモント100マイル競走で、これがきっかけとなって、全米各地に山道騎乗競技連盟が結成された。今日では毎年500以上の競技会が開かれている。
 米国の競技会の中で最も有名なのは、1955年にウェンデル・T・ロビーによって始められたテービス・カップである。テービス・カップは、ネバダ州、タホ・シティからシエラネバダ山脈を越え、カリフォルニア州のオーバンまでのコースで行われるが、その間の地形は険しくて危険な個所が多い。ロビーがアラブに騎乗して3度の優勝を果たしたことで、アラブが優れたエンデュランス競技馬であることがよく知られるようになった。
オーストラリアでも、エンデュランス競技は高い人気を保っている。この国で行われるトム・キルティーは、テービス・カップと同じくらい過酷な競走で、険しい山道を走破しなければならない。
ヨーロッパにおいても現在の様式の長距離騎乗は、アラブを中心に発展し、1920年代に、英国アラブ・ホース協会によって組織的に実施されるようになった。この協会は現在でも大きな影響力をもっており、毎年独自の競技会を開催している。
初期のエンデュランス競技で、騎兵用に馬を生産する場合、アラブが適していることが証明された。馬は13ストーン(82.5kg)の荷物を背にして、300マイル(480km)のコースをわずか5日間で走り抜いた。
英国での最初の100マイル競走は、1937年と1938年に開催された。現在、英国ならびに他のヨーロッパ諸国では、25マイル(40km)までのプレジャー競技、それよりも速いスピードで行われる山道騎乗競技、50~100マイル(80~160km)のエンデュランス競技など、すべての種目が実施されている。どの競技会でも獣医師による厳正な審査が条件とされており、呼吸、心拍数、回復の程度があらかじめ設定された範囲を超えた場合には、ペナルティが科せられることになっている。

砂漠でのエンデュランス競技

 ドバイの統治者であるマクトゥーム家は、競馬事業に加えてエンデュランス競技にも巨費を投じてきた。シェイク・モハメドとその息子たちはとりわけ熱心で、競技選手としても成功を収めている。世界最初のエンデュランス競技センターは、アラブ首長国連邦に開設された。